エニグマの暗号、64年ぶりに解読, 「美しくなければならない−現代科学の偉大な方程式」
エニグマの暗号、64年ぶりに解読
第二次世界大戦中のドイツ軍の暗号 (暗号機)、エニグマをめぐる物語はとても有名ですが、これは戦時中ブレッチリー・パークでも最後まで解読できなかった三つの暗号文のうち一つを、ドイツのアマチュア暗号解読家 (そ、そんな人がいるのか…パズルマニアとは違うんですよね?) が64年ぶりに解読した、という話。ところで、どこかの記事に「軍の専門家でも解けなかった暗号を解いたことは素晴らしい」なんて暗号専門家のコメントが載っていたんですが (ソースが見つからん…)、これを読んで僕はちょっと「?」と思ってしまいました。
ワンタイムパッド暗号ではない普通の秘密鍵暗号の場合、そもそも理論的にはほぼ必ず解読可能なはず。問題は解読にかかるまでの時間で、最近良く使われているような AES などでは一般に鍵長として 128bit といったものが使われ、かつ探索範囲を狭めるような欠陥も見つかっていないため、現在最高速のコンピュータでも総当りするにはとんでもない時間がかかる、というのが安全性の根拠になっています。
つまり、秘密鍵暗号方式はそもそも「時間さえかければ必ず解ける」ものなのです。一般に利用者は、計算にかかるコストや利便性と、守るべき情報の性質 (重要性や鮮度など)、暗号の強度 (どのくらい時間をかければ解けるか) を勘案して暗号アルゴリズムを選択していますし、攻撃者もそもそもタイムリーに解読できなければ無意味ですから (明日の作戦行動に関する情報を一週間後に得られたとしても何の意味も無い)、必死で欠陥を探そうとするわけです (エニグマも単なる総当りでは厳しかったところを、ドイツ軍の気づいていない弱点をいろいろ見つけて何とか探索範囲を狭め、ギリギリのところで何とか解読作業が間に合っていた、という話です)。
そう考えると今回、軍の専門家に解けずアマチュア暗号解読家に解けたのは、単にかけられた時間、計算リソースの違いであって (記事によれば解読に成功した人も分散コンピューティングによる総当り攻撃だったようですし)、暗号技術的には別段意外でも何でもないんじゃ…?と思ったのでした。もちろん、64年も前の、これまで破られていなかった暗号に何が書いてあるのだろう?というロマンは理解できるんですけどね。
「美しくなければならない−現代科学の偉大な方程式」
グレアム・ファーメロ著。プランクやアインシュタイン、シュレーディンガーやシャノンなど、現代科学を支える偉大な11の方程式について、ロバート・メイ、ジョン・メイナード=スミスからロジャー・ペンローズといったこれまた現代のいろんな分野の有名な方がエッセイを寄せて出来た本。
何でもポピュラー・サイエンス本の不文律として「数式を載せてはならない」というものがあるらしいのですが、この本はその真逆をいってみよう、というところから企画されたんだそう。各方程式について、偉大な先生方がその個性を大いに発揮してエッセイをまとめてくださっていて、とても面白かった。
ジョン・メイナード=スミスやペンローズのお話はいつもながらとても面白かったながら、今回、個人的にとても面白く読めたのはアイスリング・アーウィンのフロン問題に関する章。フロンに関する問題は単なる科学的な問題にとどまらず、政治や社会を巻き込んだ一大ムーブメントになります。ごく普通の研究者が、環境や社会に対するインパクトの大きさから、社会的行動に出る覚悟を決める、という一連のプロセスがとても感動的に書かれていて、そのうち映画か何かにでもなりそうな感じでした。
シュレーディンガーの章なんかは科学的な内容よりもハイゼンベルクとの確執にフォーカスが当てられていたりして、章によってかなりバラエティ豊富なこの本、それぞれの方程式をめぐる歴史も分かるし、そこからわれわれが進むべき道も見えてきそうな、とても面白い本だと思いました。お勧め。